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福岡地方裁判所 昭和61年(レ)157号 判決

控訴人(附帯被控訴人) 竹村貴歳

右訴訟代理人弁護士 三代英昭

右訴訟復代理人弁護士 佐藤進

被控訴人(附帯控訴人) 昭和タクシー有限会社

右代表者代表取締役 吉井清治

右訴訟代理人弁護士 中尾晴一

主文

一  控訴人(附帯被控訴人)の控訴並びに被控訴人(附帯控訴人)の附帯控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

二  控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、金二九万七一八二円及び内金二四万七一八二円に対する昭和六〇年五月二八日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被控訴人(附帯控訴人)のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを七分し、その五を控訴人(附帯被控訴人)の負担、その余を被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

五  この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  控訴の趣旨

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人(附帯控訴人)の請求を棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

二  控訴の趣旨に対する答弁

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

三  附帯控訴の趣旨

1  原判決を次のとおり変更する。

2  控訴人(附帯被控訴人)は被控訴人(附帯控訴人)に対し、金四二万七六七八円及び内金二五万二六七八円に対する昭和六〇年五月二八日から支払い済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。

四  附帯控訴の趣旨に対する答弁

1  本件附帯控訴を棄却する。

2  附帯控訴費用は被控訴人(附帯控訴人)の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  控訴人(附帯被控訴人、以下単に「控訴人」という。)は、昭和六〇年五月二八日午前五時二〇分ころから同二五分ころまでの間、普通乗用自動車(北九州五七そ八五五〇、以下「加害車」という。)を、北九州市小倉北区大田町一―二五所在トップマート前路上に駐車していたところ、氏名不詳の者に加害車両を盗まれた。

2  その後、以下の交通事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

(一) 日時 同日午後一〇時二〇分ころ

(二) 場所 北九州市小倉南区大字石田六一七番地先路上

(三) 加害車 氏名不詳の者が運転していた前記控訴人の盗難車である加害車〔普通乗用自動車(北九州五七そ八五五〇)〕

(四) 被害車 被控訴人(附帯控訴人、以下「被控訴人」という。)所有、訴外内山美年運転の普通乗用自動車(北九州五五い九一七一)

(五) 態様 被害車が志井方向より石田駅方向へ進行中、右事故現場で加害車から右側後部ドア付近に激突された。

3  帰責事由

(一) 自動車の運転者が道路上に駐車して、車を離れるときには、エンジンキーを点火装置から外し、ドアに施錠をすべきである。

しかるに、控訴人は、前記昭和六〇年五月二八日午前五時二〇分ころから同二五分ころまでの間、加害車のエンジンキーを点火装置から外さず、また、ドアに施錠をしないまま、加害車を一般人や車の通行する前記トップマート前路上に駐車して、車を離れ、右トップマートで買い物中、右加害車の盗難に遭った。

(二) 本件事故は、氏名不詳の者が加害車を運転中、前方注視を怠った過失により惹起した。

(三) 加害者の盗難と本件事故とは、時間的に同一日であり、場所的にもさほど距離が離れておらず、右(一)の控訴人による加害車の管理上の過失と本件事故発生との間には、相当因果関係がある。

4  被控訴人は、本件事故のため次の損害を受けた。

(一) 被害車の修理代 一九万五五六〇円

(二) 休車損 五万七一一八円

被害車は、被控訴人のタクシー営業車であり、右修理のため、一日当たり二万八五五九円の二日分、五万七一一八円の休車損を生じた。

(三) 弁護士費用 一七万五〇〇〇円

被控訴人は、本件訴訟の提起、追行を被控訴人訴訟代理人に次の約定で委任した。

(1) 第一審着手金として五万円を支払う。

(2) 福岡地方裁判所(第二審)の裁判に出廷のための旅費、日当として、一回二万円あて支払う(出廷回数五回、合計一〇万円)。

(3) 報酬として二万五〇〇〇円を支払う。

よって、被控訴人は控訴人に対し、右4(一)ないし(三)の合計四二万七六七八円及びそのうち(三)の弁護士費用を除く二五万二六七八円に対する本件不法行為の日である昭和六〇年五月二八日から支払い済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び反論

1  請求原因1は認める。

2  同2は否認する。

3  同3(一)のうち、控訴人が被控訴人主張の日時場所で加害車を盗まれたことは認めるが、その余は否認する。

同3(二)は否認する。

同3(三)は争う。

控訴人が加害車を盗まれたのは、早朝午前五時ころであり、車を離れていた時間も買い物のためのほんの数分間であって、このような時間帯の僅かな時間に車を盗まれることは、予測不可能なことであり、控訴人に過失はない。

また、控訴人が加害車を盗まれたことと本件事故との間には因果関係がない。

(ア) 本件の場合、加害車の盗難は、午前五時二〇分から同二五分ころの間に、北九州市小倉北区大田町内で発生し、本件事故が、同日午後一〇時二〇分ころ、同市小倉南区大字石田で発生しているから、加害車の盗難と本件事故とは、時間的にも場所的にも相当へだたっている。

(ロ) 本件事故は、控訴人と全く関係のない泥棒によってなされたものである。しかも、本件事故では、事故時の加害車の運転者が特定されておらず、加害車を窃取した者と事故を起した運転者とが同一人であるかどうかも不明である。

4  同4(一)(二)は否認し、(三)は争う。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実(加害車の盗難)は当事者間に争いがなく、《証拠省略》を総合すると、請求原因2の事実(本件事故の発生)を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

二  請求原因3の事実(帰責事由)について判断するに、控訴人が被控訴人主張の日時に加害車を北九州市小倉北区大田町一―二五トップマート前路上に駐車して、右トップマートで買い物中、加害車を盗まれたことは、当事者間に争いがない。

《証拠省略》を総合すると、次の(一)、(二)の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(一)  トップマートは年中無休、二四時間営業のいわゆるスーパーマーケットであり、駐車場の設備を有していないこと、トップマートは歩道を挟んで国道三号線に面しており、同所は駐車禁止になっていること、控訴人は、飲み物を買うためにトップマート前路上に加害車を駐車したものであるが、加害車を離れる時間をほんの二~三分と思ったので、エンジンは停止したものの、エンジンキーを点火装置から外さず、ドアの施錠もせずに車を離れたこと、控訴人は、当日午前五時二〇分ころから同二五分ころまでの間、車を離れていた隙に加害車を盗まれ、その直後そのことを届け出るため、午前五時四五分ころ最寄りの派出所に行ったが、同派出所には警察官が不在であったので、一一〇番通報し、同六時に同派出所に来た警察官に右盗難の届出をしたこと。

(二)  加害車盗難日当日の昭和六〇年五月二八日(火曜日)午後一〇時二〇分ころ、被控訴人のタクシー運転手である訴外内山美年は、被害車を運転して北九州市小倉南区内を志井方面から石田・横代方面に向け進行し、本件事故発生場所において右折しようとしたが、対向車があったため、同所で停止していたところ、横あいの一時停止の標識のある道から出てきた氏名不詳の者が運転する加害車に右側後部付近に衝突されたこと、本件事故を起こした加害車の運転手は事故後逃走し、いまだその氏名、所在が不明であること、加害車を盗まれた場所と本件事故現場とは、距離にして約六キロメートルないし八キロメートル程度離れていること。

右認定の事実によると、一般に、自動車運転者が人や車の通行する道路上に駐車して、車を離れる場合、他人からその自動車を運転されたりする等の不測の事態が生じないように、エンジンキーを点火装置から外し、ドアに施錠をするなどの注意義務がある、というべきところ、控訴人は、運転中の自動車を付近に駐車禁止の標識のある国道上に、エンジンキーを点火装置から外さず、ドアに施錠をしないまま駐車し、車を離れているのであって、これらの点で自動車の管理上過失があった、といわなければならず、それが早朝午前五時ころという時間帯の出来事であり、車を離れた時間も五分程度であるからといって、それだけで盗難が予測不可能であったということはできない。

また、本件の場合、加害車の盗難と本件事故とは、時間的にも同一日に発生したものであり、場所的にも約六キロメートルないし八キロメートル程度離れているにすぎないことを加えて考慮すれば、右控訴人の自動車の管理義務違反と、氏名不詳の者運転の不法行為によって生じた交通事故の結果との間に相当因果関係があることも肯認すべきである。なお、加害車を窃取した者と本件事故を惹起した運転手とが同一人であるかどうか、必ずしも明らかでないが、その事情は右結論を左右するものではない。

以上により、控訴人は民法七〇九条に基づき、本件事故による損害を賠償する責任がある、というべきである。

三  そこで、請求原因4(損害額)について判断するに、まず、《証拠省略》を総合すると、次の(一)、(二)の事実を認めることができ、右認定を覆すに足る証拠はない。

(一)  本件事故により、被害車は、右側後部ドア付近に凹損等の損傷を受け、被控訴人会社がその修理を訴外有限会社大田自動車整備工場に依頼し、修理日数二日を要したうえ、修理代として一九万五五六〇円を支払ったこと。

(二)  被害車は、本件事故当時、被控訴人会社で一一四号車とよばれていたタクシーであり、訴外内山美年と同井手尾定男の二人が一日おきに交替乗車していたこと、被控訴人会社は、その修理に要した二日間被害車を営業に使用することが出来なかったこと、被害車の昭和六〇年二月ないし四月の一日平均の水揚げ高は二万八五五九円であること、被控訴人会社が被害車を使用することができなかった間支出を免れた経費は燃料石油ガス(LPG)費のみであり、被害車の一日当たりの平均石油ガス使用料は、同年二月四七・六九六リットル、二九〇九円、三月四三・四八三リットル、二六五二円、四月四四・〇〇六リットル、二六八四円(いずれも一リットル当たり六一円)であって、一日当たり四五・〇六一リットル、二七四八円となること、従って、結局、被害車を使用できなかったことによる被控訴人会社の休車損は、右水揚げ高から石油ガス使用料を差し引き一日当たり二万五八一一円、二日間で五万一六二二円であること。

当審証人岡嶋勉の証言によれば、右岡嶋が勤務している訴外大東京火災海上保険株式会社では、タクシーの休車損を算定するについては、単に水揚げ高から燃料費だけを差し引くのでは不充分であるとして、総収入から総経費を控除するという考え方で対応しており、また、タクシー会社には通常遊休車があることから、一日当たりの休車損を五〇〇〇円ということで対応していることが認められる。

しかしながら、《証拠省略》を総合すると、本件事故当時、被控訴人会社には、二一台の営業用車両があったが、全車とも毎日使用していて予備車のなかったことが認められるので、右認定の事実に徴すれば、右岡嶋勉の供述する休車損についての考え方は、本件訴訟にはあてはまらないと考えられる。

次に、不法行為の被害者が、自己の権利擁護のため訴を提起することを余儀なくされ、訴訟の提起、追行を弁護士に委任した場合には、その弁護士費用は、事実の難易、請求額、認容されるべき額その他諸般の事情を斟酌して、相当と認められる範囲内のものに限り、右不法行為と相当因果関係に立つ損害として、賠償請求が認められるべきである。(最高裁判所昭和四四年二月二七日、民集二三―二―四四一)

そして、本件につき、被控訴人が本訴の提起、追行を被控訴人訴訟代理人に委任したことは余儀ないものと認められ、《証拠省略》によると、被控訴人がその弁護士費用として、右訴訟代理人に第一審着手金五万円、当審への旅費日当一回当たり二万円、五回分合計一〇万円、報酬二万五〇〇〇円を支払い、或いはその支払を約していることが認められるが、本件訴訟については、前記の一般的基準に照らし、そのうち五万円が右相当な範囲にあるものと認められる。

四  よって、被控訴人の本訴請求は、二九万七一八二円(修理代一九万五五六〇円、休車損五万一六二二円、弁護士費用五万円)及び内金二四万七一八二円(弁護士費用以外の分)に対する不法行為日の昭和六〇年五月二八日から支払い済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるから、この部分を認容し、その余を棄却すべきところ、控訴人の控訴並びに被控訴人の附帯控訴に基づき、これと一部趣旨を異にする原判決を主文二、三項掲記のとおり変更することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 田中貞和 裁判官 大谷辰雄 河東宗文)

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